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黒い革のバッグを握り締めている掌は、さっきまで悴んでいたというのに汗が滲んでいた。斜めに交錯する視線の行き着くところにある彼の瞳は私を捕らえて離さない。私のそれもまた、囚われたように一点を見つめていた。引き寄せるように宛がわれた男の掌と指先に誘われて、カーブの重力も相まって私たちは密着してしまう。そして、いじわるに歪んだ彼の唇が僅かに動く。やがて、その唇は開かれて、言葉は発さずに舌先を唇から僅かに覗かせ、ゆっくりと上下に動かされる。

とくんと胸が早鐘を打ったのに、僅かに躊躇いと背徳が勝ってブーツの踵が浮き上がる。じりっと後退りしようとするも、かえってバランスを崩し彼に身を委ねるだけ。半歩後退しただけで、すぐに誰かの爪先で退路を阻まれてしまう。唯一自由な、忙しない目の動きで誰かに助けを求めようとするも、二人を見ている乗客などいるはずもない。泳ぐ視線の端に捕らえるのは、艶かしい舌の動き。その舌に耳元や首筋を愛撫された記憶が、意識にも身体にも蘇っていく。冷えた身体がいつの間にか火照り、奥がきゅんとする感覚に襲われてしまう。

(止めて。そんな目で見ないで。今日はその唇にも指先にも惑わされない…もの)

やっとのことで逸らした視線が捕らえたのは、男の腕が下りていく様。括れた脇腹に押し当てられた掌が、指の腹が弱い圧を伝えて下へと降りてくる。はっとしてもう一度見上げると、彼は相変わらず私を見下ろしている。まるで意識の奥底を覗き込もうと瞳を光らせながら。


身体全部の体温が上昇していくのが自分でも分かる。あたかも舌に首筋を嬲られているように、鳥肌立ち、絡まる視線をもう外すことが出来ない。逃れようとしたとしても、出来たのは鞄を何度も握りなおすことだけ。指先が臀部の一番膨らんだ場所に到達する頃には、まるでカップルのように寄り添う姿が乗客の瞳に移っているのだろう。けれど私は小刻みに震えている。けれど、震えながら、胸の内では待ち焦がれてしまう。この指にあの時よりも狂わされてしまうのを。

ふぅっと吹きかけられる吐息を頬で受け止めると、思わず声を上げてしまいそうになる。至近距離で見つめられ、こんな自分を翻弄するかのように、ゆったりと動かされる手が、齎す感覚に身体が硬直する。

「……っ、ン……」
鼻にかかる声を小さく漏らしてしまった。慌てて唇を硬く噤みながらも、気が付けば宙ぶらりんの右手が、まるで焦らすようにお尻を弄る紺の上着の袖口に伸びている。彼は受け止めてくれるだろうか。それとも……。



つづく
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